カテゴリ:思い出( 10 )

エジプトでのこと

記憶があいまいにならないうちに、少しずつ書き留めておこうと思う。
(長く読者でいたくださってる方々にとっては、またか!ですが、どうぞお付き合い下さい)

長女が2歳、長男が8か月のときにエジプトの小さな町に引っ越した。
夫の仕事の立ち上げから撤退までいた家族はうちだけだった。
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洋服なんか売ってなかったので、持って行っただけで過ごした。
週末は不衛生な青空市場で買い出ししていた。
南京虫とコロモジラミとノミとの闘いの日々。

その後、あの9.11で帰国することになるが、その時、長女は5歳、長男は3歳。
日本では幼稚園に行ってるはずの年齢だが、幼稚園なんかないのでずっと家にいた。
予防接種も日本ではしなきゃいけないが、ここではそんなのもなかったので、病院へ行くことはなかった。
(外国人対応の病院がなかった)
とにかく、感染症にかからないよう、くわばらくわばら。。。。。
出国前に次男は神経芽細胞種疑いがあり、大学病院で4か月ごとに検査が必要、と言われたが無視してエジプトに来た。
それくらい家族一緒に暮らしたかった。
アメリカから帰国し、夫が単身赴任している間、娘と夫の実家にいた。
そこでの長男の妊娠、出産、産後・・・・・・その間に義父の入院、葬儀・・・・はっきり言って限界だった。
携帯電話のない時代、公園の公衆電話から実家に電話したものだ。
インターネットもなく、夫へ書いた手紙は2週間かかり、急いでも返信はさらに2週間後。
意思疎通どころではない。
書いた内容さえ忘れた。

この頃と比べれば、今の育児環境は恵まれている。
贅沢は言ってられない。

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これはJICAの人たちと一緒にもちつき大会をしたときのもの。
この石臼はどこかの遺跡から拾ってきたものではなく、現地の人に作らせたもの。
もちろん杵も手作りだったが、ついているうちに木が砕けて、おもちは木端だらけに。
しかもこのときはラマダン(断食月)中。
現地の人は食べることができない。
なんで、こんな時にしたんだか。

後ろに見える「ゆ」は大浴場である。
単身で来ている日本人たちが、唯一、日本人にもどれる場所だったのだろう。
タイルを銭湯のようにはって、なかなかの力作だった。
なんちゃってカランや桶もあった。
ここを作るときに工事に関わった現地の人はテルマエロマエ気分だったのではないだろうか。
もちろん女湯はない。
一回だけ、だれもいないのを見計らって家族風呂させてもらった。

こんな環境で育った兄姉と比べて、どこかの王国の王子だった次男(笑)
(ごっこあそび in Dubai )
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by jasmine-boo | 2014-11-07 22:13 | 思い出 | Trackback | Comments(2)

海老で鯛を釣ってきた!

イマドキの男子高校生ってしたたかというか、律儀というか。
義理チョコに対してのお返しがすごい。
手作り(本人が?母親が?あるいは姉妹が手伝ったのか???)マフィンだとか、お手製ラッピング(中身は出したけど)だとか、おまけもついてたり・・・・・。
散財してるなぁ。
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桜も開花したが、他の春の脇役の花たちだって、負けていられない。
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by jasmine-boo | 2013-03-17 13:44 | 思い出 | Trackback | Comments(0)

ちょっとだけタイムトリップ~5

エジプトに住んでいた頃、娯楽はほとんどなかった。
NHKのプレミアム放送(主なニュースとおかあさんといっしょ、だけだったと思う)が朝、昼、夜と再放送されたが、見るものがないので同じのを3回見ていた。
直径180cmもあるパラボラアンテナをつけても、なにしろ受信状況が悪いのだ。
3年住んでいたので、子供たちは3歳と5歳になっていた。
ずっと家にいるので、日本の幼児は何をしているのだろう・・・・・情報がなかった。
おかあさんといっしょを何度も見て、幼稚園ごっこをするしかなかった。

唯一の文化的な楽しみはこれだった。
日本人会の会報の表紙に応募すること。
採用されるとうれしかった。
今ならメールに添付して・・・・・しかし、当時はカイロに用事のある会社の人やドライバーに原本を託して日本人会事務局に届けてもらった。

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窓から毎日ながめている風景を描いてみた。

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あちこちにある火炎樹の花を描いてみた。

そして光栄なことに、保存版である住所録の表紙を描くことに。
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古代エジプトで最も美しいとされた女王、ネフェルティティを和風に仕上げてみた。

夫もリレーエッセーなどに投稿していた。
(これも原稿を運んでもらって・・・・)
それくらいしかやることがなかったのだ。
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by jasmine-boo | 2012-07-22 11:04 | 思い出 | Trackback | Comments(9)

ちょっとだけタイムトリップ~4

中東に住んでいたことがあるという、先輩から話を聞く機会があった。
その方が育児していた頃はもっと大変で、ミネラルウォーターはしばらくするとペットボトルの中に藻が出現したのだという。でも、水道水は飲めないので、その緑色の水をコーヒーフィルターで濾過して、煮沸してから赤ちゃんのミルクを作っていたのだという。
すごい話だった。
私だって、真水をブリーチで消毒してから飲む方法とか事前に調べていたけど、実際にはそうならなくてほっとした。
それと当時、西ナイル熱の感染ががスーダン国境まで来ているという情報があったので、とにかく、蚊には気をつけた。
でも、網戸は破れていたし、蚊帳はもちろんないので、寝る前には虫除けスプレーを全身に噴霧してから寝た。同時にノミや南京虫もガードできたし。室内なのにキャンプのような生活・・・・・・・子供にとって虫除けスプレーは有害なんじゃないか・・・・とは言ってられなかった。
その時に見た日本製蚊取り線香のアフリカ版にすごく感動した。
後に日本の蚊取り線香がアフリカの子供たちを感染症から救った、というのをテレビで見てなるほど、と思った。

でも、田舎街とカイロではずいぶんと違っていた。
この街並みは10年後のものだが、たぶん当時とあまり変わってないと思われる。
娘がアメリカ生まれなのでパスポートの更新などに行ってたが、当時、アメリカ大使館の入っている高層ビルにはヘリポートがあったくらいだ。
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カイロ日本人会というのがあって、ときどき親睦のスポーツ大会や夏祭りに参加していた。
そこでは「ご主人はどこにお勤め?」から始まる自己紹介だった。
ドバイにもいた、いわゆる日本人駐在員マダムたちである。
5ツ星ホテルでお茶したり、メイドつきの優雅な生活をしていたのだろう。
同じエジプトに住んでいながら、この生活レベルの違いはなんなのだろう・・・と愕然としたものだ。

しかし、私たちにもお楽しみはあった。
旅行。
しばしイスラム圏から脱出して、西洋文化に浸るのである。
もちろん単なる旅行ではなく、子供たちの衣類や日用品、衛生用品(ナプキンとか!)の買出しも目的だった。
地中海を渡れば、そこはヨーロッパ。
こんなすばらしい地理的条件を十分に利用して楽しんだ。
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デンマークのコペンハーゲンに行ったり、

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スウェーデンのストックホルムに行ったり、

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おなじみパリに行ったり、他にもギリシャ、オランダ、ベルギー、スイス、オーストリア、イギリス、イタリア、ドイツに行ったりした。
もちろん、子連れの旅行なので苦労はあった。
睨まれたり、舌打ちされたり・・・・・でも、きちんと注意してくれる人もいた。
注意したあとでウインクして去っていく。
後にひかない注意の仕方・・・・いいな、と思った。
こうして子連れ旅行のマナーは実践で学んだのである。
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by jasmine-boo | 2012-06-09 07:23 | 思い出 | Trackback | Comments(9)

ちょっとだけタイムトリップ~3

ネタ切れなので、回想もので引っ張ります。
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買い物は毎週、青空市場に行った。
これはマンゴー。
エジプトはマンゴーの産地なので、とってもおいしい。
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一週間分の買出しなので、すごい量だった。
ショッピングカートなんかもちろんないから、ショルダーバッグに詰め、なんども車まで往復した。
車の運転は許可されていなかったので(会社の規則)、いつもドライバーに来てもらっていた。
もちろん、みんなのドライバーなので、時間は限られた。
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小さなスーパーもあったが、贅沢言ってるどころではなかった。
子供たちは2ヶ月室温保存できるロングライフ牛乳を飲んでたし、イスラム圏なので、ハムやソーセージはチキンかターキーかビーフだった。
添加物がたくさん入っていても、とにかく賞味期限だけ見て買った。
時々、カイロまで買出しに行くこともあったが、カイロまでは200km。
時速100kmでとばしても2時間かかる。
(ドライバーの運転は非常に危険だったので、乗りたくなかった。一度、居眠り運転で中央分離帯に乗り上げて木を倒したことがあった。そして、いろんなお祈り所でお祈りをするのはいいことなので、とにかく、お祈りをしている間、私たちは待たされた)
そのうち、近所にあるものだけで生活するようになった。
紙オムツも貴重だったので、旅行の時だけ使った。
普段は日本から持っていった布オムツ。
二人分洗っていた時期は大変だった。

これら3枚の画像は夫が10年後に訪れたときの画像。
ほとんど変わっていなかったらしい。
このたまねぎは1kgで1.25ポンド(約40円)。
10年前は1ポンドとか0.75ポンドだったと思う。

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ガラベイヤというドレスを買ってみた。
現地の女性たちはこれの上に黒いアバヤを着ていた。
涼しいけど、やっぱり実用的ではないので、タンスの肥やしとなった。
ヒジャブという、頭にかぶるスカーフも買ったが、どうも似合わないのでやめた。
現地の服装をして外を歩けば、また、人々の反応は変わったかもしれない。
でも、そのときはそんな現地の生活を楽しむ余裕はなかった。
ピラミッドを見てもスフィンクスを見ても、どうやって子供たちを守りながら生活するかと考えるのでいっぱいで感動はしなかったのである。
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by jasmine-boo | 2012-06-07 11:36 | 思い出 | Trackback | Comments(6)

ちょっとだけタイムトリップ~2

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近所はこんな感じ。
時々、ヤギやロバが通った。

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いつもこんなところで遊んでいた。
日本から持ってきたTDLの帽子(唯一の西洋文化?!)を娘は大事にしていた。
ある日、穴掘りをしていたら、金属にぶちあたった。
なんだか映画に出てくる地雷の形に似ていた。
もしや!と、そーっとまた埋めておいた。
もちろん、この辺は安全なエリアだが、ちょっとドキドキする遊びだった。

ママ友なんかいないから、かなり孤立した育児生活だった。
夫の会社の人たちは単身でキャンプに住んでいた。
とてもじゃないけど、こんなところへは家族を連れてこられない、と。
家族で赴任してきた人もいたが、短期間だった。
外国人のいない田舎街。
イスラム圏なので、女性は外へ出ない。
買い物は男性の仕事だ。
街へ出ても店員はみんな男性。お客も男性。
ガン見されること間違いなし。
でも、インド人のように全身にべっとり張り付くような見方はしない。
一応、宗教的に紳士?!なのかもしれない。
それでもジロジロ、ジロジロ・・・・・一回の時間は短いが、回数が多い。

近所の子供たちと遊ぶことはあった。
私は年の離れた姉が、幼い兄弟のお世話をしていると思われていた。
え~お母さんなの?とがっかりされたり。
つまり、大人の女性はヒジャブをかぶって髪の毛を隠すし、アバヤを着て体のラインが出るような服装はしない(もちろん肌が露出しないようにいつも長袖長ズボンに帽子だったが)ので、大人でしかも既婚女性にしては宗教的に?!だらしないのである。
自転車にまたがったりしようものなら、とてもはしたないのだ。
男の子たちがなんだか恥ずかしがる。
ボールを蹴ったりするのもNG。

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こういうがれきはたくさんあった。
ここはまだきれいだが、ワイヤーがいっぱい出てたり、医療廃棄物がそのまま散らばっていたり、衛生用品(もちろん使用済み)がちらばっていたり、けっこう不潔で危険だった。
なぜゴミが散乱しているかというと、ゴミあさりをして生きている人たちがいるから。
私が、一応、ゴミステーションらしきところに捨てに行くと、何人も待ち構えている。
野菜くずや紙袋やビニール袋まで、なんでも持っていく。
そこで、まだ使えそうな日本から持ってきた包装紙や紙箱や蓋付き缶などは、ゴミとは別によけて置くことにした。
すると無言で速やかに持って行ってくれた。目の前で。
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by jasmine-boo | 2012-06-05 09:05 | 思い出 | Trackback | Comments(8)

ちょっとだけタイムトリップ~1

その昔、長女がまだ2歳で長男が0歳10ヶ月の頃、エジプトのイスマイリアという街に引っ越した。
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家は広かった。
これはリビング。
しかし、このソファの布にはたくさんの害虫が住んでいた。
ここでお昼寝した長女が最初の犠牲者。
ぎゃー!と泣いて起きたので、見ると30箇所くらいぼこぼこに刺されていた。

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ここはダイニング。
キッチンから遠いので、そのうち食事を運ぶのがめんどうになってしまった。
この椅子、子供たちには座りにくく、表面のビニールもかじって穴だらけに・・・。
食器棚もキッチンと往復することを考えるとめんどうに。
もちろんメイドは雇わず。

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キッチンは広かったが、シンクがとんでもなく狭かった。
ガスレンジはマッチ。
すのこは夫が作ってくれた。

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バスルームは普通。
熱湯の出る洗濯機(熱湯でシラミや南京虫やダニを死滅させるのだ)。
便器が四角なので、うっかりすると子供が落ちる。

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引っ越す前にマットレスは新品のと替えてもらった。
先に行ってた夫は害虫だらけのマットレスの犠牲となる。

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そのうち、小さな低いテーブルを買ってきて、ここで床に座って食事をするようになった。
このラグたちもなかなかのもので、ここでちょい寝した私もダニにやられた。

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血抜き羽抜きをしてもらったまるごとのにわとりをここでさばいていた。
ハエがたかって半分腐った魚だって、にんにくとしょうがと塩につけこんで油で揚げれば食あたりしなかった。
私の着てるものがよれよれしているのは、熱湯洗濯機でがんがん洗っていたから。
娘はいつも「おしん」と言われた。
夫は「ブルース・リー」「ジャッキー・チェン」と。

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おにぎりを食べているのは私。
この時は日本から持っていった、のりがまだあった。
(背中がまるまってるのは、ちょっと寒かったから)
風が吹くと砂だらけになった。
ここは家から近いところにあるスエズ運河。
対岸はシナイ半島。
当時は湾岸戦争あとの地雷の撤去がまだ不十分なため、自由に行くことはできなかった。
しかも、鉱物資源が豊富なため、各国からねらわれていた。
こちら側はアフリカ大陸である。
時々、タンカーやカーゴ船が通ったが、手を振ってくれる人はいない。
3年後、アメリカの貿易センタービルのテロが起こり、この運河は連日のように空母が通り、急にものものしくなった。そして、できるだけすみやかに帰国するよう指示がでたのである。
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by jasmine-boo | 2012-06-04 13:37 | 思い出 | Trackback | Comments(2)

再会

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先日、学生時代の友人たちが遊びに来てくれた。
一人は去年会ったが、もう一人とは自分の結婚式以来だ。
今はメールなど、便利な世の中になったが、以前は海外暮らしが長くなるとエアメールも億劫になり、何人も音信不通になってしまった。

私と同じく、中二の男の子がいるというのが共通している。
そして、彼女たちはなぜか4人兄弟、6人兄弟の長女である。
育児中は専業主婦だったが、二人の子供の手がかからなくなると再就職。
今はキャリアを重ね、バリバリと働いている。
ちょっとうらやましい。
仕事は大変だけど、仕事中は育児のことを考えずにいられるのがいい、と。
そういえば17年間ずっと育児やってるし、これからもまだ続く。
ちょっと、いや、かなり社会から取り残された感じがしなくもない。
そういえば、学生時代、「家庭看護のできる専業主婦が目標」と言って教授にあきれられたっけ。
その通りになってしまった。

ところで、友人たちにはアラブ料理をふるまった。
(私も久しぶりに食べたかったし)
食べたことがないので、全く想像できなかったらしい。
はじめての味にびっくりしたかもしれない。
こういうことでもないと、この大げさなポットも使われることがないので。


さっき、次男がピアノで「スラブ行進曲」を弾いていた。
タイムリーだ。
(ちなみにこの曲は中学時代、吹奏楽部でコンクールのとき演奏したっけ。全道大会は逃したが)
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by jasmine-boo | 2012-06-01 09:08 | 思い出 | Trackback | Comments(7)

私の百日記念

先週、母が北海道から遊びに来ていた。
物整理のため、私の写真もたくさん持ってきた。
その中の一枚。
ちびちゃんは私似か。。。。
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観光のため、スカイツリーのそばまで行ってみよう、と提案したが、あっけなく却下された。
それよりも銀座へ行きたいと。
修学旅行以来、人生2度目の銀座。
「小林旭がねえ~、石原裕次郎がねえ~」と一人で大いに盛り上がっていた。
最近オープンした、12階建てのユニクロへも行ってみた。
疲れそうなので、コンシェルジュで「60代女性のスカートを探してるんですが」と言ってみたところ、例のiPADでスカート検索を始めた。
一緒に画面を見ながら探すのも楽しい。
これならあちこち見なくても、ピンポイントでその売り場へ行くことができる。
残念ながら気に入ったのはなかったが、一応話のネタということで!

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たった二泊三日なのに大きなスーツケース・・・・と思ったら、出てきたのは鳥料理。
クリスマスじゃないのにローストチキンが食べられた子供たちは大満足だった。

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by jasmine-boo | 2012-03-25 09:31 | 思い出 | Trackback | Comments(3)

またいつかどこかで家族で参加してみたい

友人が送ってくれた世界一高い建物の写真。
カウントダウンの花火は相変わらず派手だ。
今年もマラソン大会が開催される予定だが、今回のコースはこの周辺らしい。
夫が出たいとメールに書いていた。
週末になんとなく25km走ってきた、とか。
新しい土地で地理的なものを把握するには走ってみるほうがわかりやすくていいのかもしれない。
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ドバイにいたころは、毎年参加していた。
これは私のなので、距離が短い。
フルマラソンに参加するともっと立派なものがもらえる。
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by jasmine-boo | 2012-01-13 08:26 | 思い出 | Trackback | Comments(0)